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瀬戸内放浪記

九州を脱出して山陽道を走り抜けて、いつもだったら朝食を食べる頃にしまなみ海道に入る。
最初の大島PAに隣接している公園内を散策して因島大橋を眺めてから、観光地情報を仕入る。
以前の四国旅行で心残りであった亀老山展望台を目的に進む。
しまなみ街道高速を走っている時に車窓から見える風景が良かった場所では下道におりて橋周辺の風景を味わう。
 亀老展望台のある大島では、今まで渡ってきた島々が見れるカレイ展望台と今治側が見れる亀老展望台にのぼり周辺を眺める。
山から見る島々の風景は箱庭のように感じられて、海岸線まで降りて走りながら見る風景は夏をテーマにした映画のようでした。
 そう、そう、亀老展望台が一つの目的なのは、実は天気の良い日にこの風景を撮りたくって四国行きを決意しました。
前回、3日間で四国を一周したときなんて、夜遅くってNGだったので念願叶う
大島からフェリーを使い来島海峡大橋を見ながら四国・今治へと変わる。
今まで高い所から見下ろしていた風景は、フェリーからは見上げるようにかわり、巡視艇が追い抜いていったり、漁船が瀬付近に集まっていたりと、刻々と風景が変わってい
く。 橋は渡りながら眺めるよりも並行して走る船からの風景はいいですね。
 フェリーが到着後にしまなみ海道の橋を見学の〆として、糸山公園まで戻り来島海峡大橋をカメラに納める。

四万十川の沈下橋 今治からは翌日が雨というので沈下橋を見ようと高知・中村方面に向って走る。
山々のある奥道後へと抜け、松山からは高速をひたはしり、高速の終わりからは、山間を縫うような狭道を走る。
 やっと四万十川沿いを走る頃には、道はさらに狭くなり、離合が大変になって来た。
川沿いの道を走っていると外人サイクリストの集団が道を渡ろうとしているので川を眺めると岩間の沈下橋を発見する。
 さっそく橋を渡るが、橋は車の幅がぎりぎりで欄干もないので、神経質になりながら対岸に渡り、河原を散策。
 松山市内の宿に宿泊しようと日が弱々しくなったので高速を使って戻ることにした。 内子ICの直前で、内子町の八日市護国の町並みを思い出す。 
時間的には見学は無理と思ったが、町並みを散策するなら大丈夫かなと思って立寄る。 既に日が沈む時間だったので閉店している店が多かったが、ク
ラブ活動をして帰る子供の挨拶は滅茶苦茶に元気だった。

松山城からの風景 翌日は暑くなる前にと思って松山城へ。 松山城は平山城と分類される城で、軍事優先だけでなく経済を考えて平野内にある小高い山に城を築いた。
 小高い山といっても、山道は大変なので8合目までリフトでのぼって本丸でひとやすみ。
現在の松山城は歴史の残る場所だけでなく、本丸からの眺めは松山市内が展望できる景勝地となっていた。
本丸から天守閣を目指したが、道中は迷路のようで通路を右左、Uターンして、袋小路??。。。いや、いや、門があった。
 しかし、昔の迷路遊びのようだ。 本丸から手を伸ばせばと思う距離にあった天守閣への道のりはなのに随分と歩いた気がする。
 松山城観光の次は伊予かすり会館に訪れる。 隣のお団子屋さんがレトロ風で興味があったが、店の入口を防ぐように車が止まっていたので、まだ、まだ、準備中かな?と
思って、素直に会館へ
 現代だから機械織かな?と思っていたのですが、染物、糸紡ぎや手織りの機織りまで見せてくれる。
私が訪れた時は奥で糸紬をしていたし、手前でははた織機を使って実際に見せてくれる。
古い機械などの展示よりも、売店でかすり生地を使ったハンカチ、バンダナなどを見ているのも飽きない。
実際に絣といっても染物の方法によって幾種類もある事が勉強になる。
坊ちゃん列車 昼からは道後温泉を観光しようとしたが、付近の駐車場は満車だったので宿に車だけを止めてSL風坊ちゃん列車で道後温泉へと向う。
SL風と書いているのは蒸気機関車として再生しないで、環境を考えてSL風列車となった坊ちゃん列車。
SLの設計図を元に動力はディーゼルと保全関連だけが最新になっているからで、観光地を走る列車はトロッコだけでなく、SL風でも面白いと思ってしまう。
ナイスアイディアV(^^)
 道後温泉ではバスの回転台はあるが、坊ちゃん列車にはないので、機関士が機関車を切り離して手で回転させて、乗務員が客車を移動させる。。。
こんなところだけ手がかかるのが面白いかった。

 列車の写真を撮っていたら、道後温泉の広場にあるカラクリ時計がロボット漫画のように変身する。
小説「坊ちゃん」に登場人物が現れるとか、坊ちゃんとマドンナの姿をした観光ボランティアの方が解説してくれた。
 伊予鉄の道後温泉駅前にある広場ではカラクリ時計があって、私が訪れたときはGWだったので30分おきにカラクリ時計が動き出す。
 ロボットに変形はしないが、2F建てから4Fに変身して、小説「坊ちゃん」に登場する人形達や夏目漱石先生が現れる。
道後温泉のカラクリ時計 カラクリ時計のモデルは道後温泉本館の振鷺閣を模したものらしい。 坊ちゃんやマドンナの姿をした観光ボランティアの方と一緒に記念撮影もできるようです。
※ネットを見ると普段は8時から22時で1時間毎に動き出すそうです。

まだ、まだ、温泉に入るには日が高かったので、道後公園と石手寺に訪れる。
道後公園松山城よりも古く。。。といっても、現存してないが。 湯築城という名前の城だそうだ。
子規記念博物館側の広場は地元の家族連れが遊んでいたが、反対側は松山武家屋敷や城跡は庭園と広場という感じで、何もしないで過ごすにはいい場所だった。
咽喉が渇いたので子規記念博物館の喫茶店で休憩してから、子規を中心にした松山にいた詩人の紹介や日露戦争のターニングポイントを良い方に変えた秋山兄弟が紹介されて
いました。
※秋山兄弟:兄は陸軍で、騎兵隊を率いて縦横無尽に活躍したそうです。 弟は東郷将軍の参謀で、世界の海将がうらやむT字戦法を実現した方らしい。

道後温泉石手寺はお寺として真面目な部分は素敵だけど、昔のテーマパークという感じで地獄巡りの洞窟があったりで。。。抜けると不思議な世界へ。
寺の中も仁王像の集団や寺の鐘も突いたりと、異風な観光地としてお薦めです。
 さて、さて、道後温泉に戻ってくると良い時間になっていたので、さっそく入浴するのであった。
人気スポットなので、男湯だけでも2つもある湯船は芋の洗場となっていたのには驚いた。
疲れを癒すなら椿の湯に入って疲れを癒せばよかったかな? と思いながら、千と千尋の映画に出てきた湯谷にいった気分に浸れたけどね。
 道後温泉からは普通路面電車にのってホテルに戻り、レストランで食事をする。
 レストランからは旧松山藩主の子孫久松伯爵の別邸として建築された萬翠荘と松山城をライトアップされた風景を眺め。
 コーヒールンバなどの生演奏を聞きながら食事しながら夜が更けていった。

3日目は疲れが溜まっていたので、ゆったりとした朝を過ごす。
 いつも山越えで松山に訪れるので、今回は海沿いに今治へと向う。 途中、小説「坊ちゃん」でターナー島と名付けられた島を見に行くが、車を止める場所もなく、工場の裏手だったので諦める。
海岸沿いを走り抜けて、今治にある「タオル美術館ASAKURA」に立ち寄る。
瀬戸内物産コーナで今治土産の一六タルトを購入して、タオル製造工程を眺める。
何の変哲もない糸が機械に吸い込まれて、吐き出されると色とりどりのタオル生地? 絨毯のように吐き出されていく。
タオル美術館ASAKURA最上階はタオル生地で作られた絵本は、さらに温かみとやさしさを増して、縫製前の生地の展示は、静をテーマにしたファッションショーといった感じだった。
そう、そう、ここオリジナルの素敵なアイディアだと思うが、2匹の縫いぐるみが絵を見て感動したり、真似しているのを見ている。 これは二度美味しいってな感じで楽しめ
た。
タオルの動物園はタオル地で作られた動物が企画展示されていて、小さな子供はキャッキャと満面な笑顔で遊んで、両親は子供が動物園から離れたがらないので困っているよ
うだった。
※猛獣の虎とライオンは襲ってこないように檻の中にいた。(^^)
ヨーロピアンガーディンを散策すると、紫色の藤とラベンダーが咲いていたので園内を散策。 香りは心地よく、ミツバチは花と花を飛び交っていた。
散策しているうちに昼になったので、今治ラーメンをここで頂いてしまなみ海道を渡り始める。

昼過ぎてからしまなみ街道を尾道に向けて走りだす。
 途中、「伯方の塩」工場を見学しようと大三島で降りて「伯方の塩」工場へ
 ベースとなる塩は、法律の壁があるので外国で天日海水塩を輸入している話には驚く。
 沖から海水を汲んで輸入した塩を溶かして、砂や泥を取り除いた後は昔ながらの塩の作り方をしているそうです。
 日本でも、厳しい検査さえ通れば塩田が自由にできるといいのにね。

たたら大橋高速に戻り因島へと降りる。 この頃には観光客も多かったがカーナビを頼りに因島水軍城に立ち寄る。
※村上水軍博物館は能島村上氏が中心に紹介、こちらは因島村上氏が中心に紹介されています。
水軍城にある船の歴史は「はにわ」の船の紹介から帆船や現代の船が紹介されていて、最後に宇宙戦艦大和が紹介されていて、笑いを誘う。
直ぐに高速に戻らずに島最後の観光地。 現代まで2名しか存在しない碁聖(棋聖)の「本因坊秀策」の碑と記念館に訪れて、しまなみ海道をあとにする。
村上・因島水軍の資料館には、水軍の船の模型や水軍の対象のコスプレができるように兜や陣羽織に刀が置いてあります。

おやつの時間になることに尾道に入り、千光寺山公園に訪れる。
尾道は海に面した山腹に住宅街が多い坂の町であり、映画「転校生」や「時をかける少女」などはここを舞台にして作られたらしい。
そういえば坂道を登っている途中で振り返るとドラマになりそうな風景が広がり、息を整えるために足を止めると、目の前を猫が散策していたりするからね。
さて話を戻して、千光寺公園から「文学の小道」を尾道に縁のある詩人が書いた歌が刻まれている石碑を見ながら千光寺に訪れる。
尾道・千光寺公園千光寺は弘法大師空海により開かれた寺らしいです。 堂内は尾道市内のパノラマビューが素敵でした。
 また、石鎚山、鏡岩や梵字岩などがあり、案内図を見ながら探していくのもいいのかも知れません。
招き猫美術館を見たかったので、市街地に移動して住宅街を散策するが。。。気がつくと千光寺についていた。(笑)

尾道に入り、カーナビにケーブルカーのマークがあるので、有名な観光地だろうと思って千光寺山に訪れる。
尾道は海に面した山腹に住宅街が多い坂の町であり、映画「転校生」や「時をかける少女」などはここを舞台にして作られたらしい。そういえば坂道を登っている途中で振り
返るとドラマになりそうな風景が広がり、息を整えるために足を止めると、目の前を猫が散策していたりするからね。
さて話を戻して、千光寺公園から「文学の小道」を尾道に縁のある詩人が書いた歌が刻まれている石碑を見ながら千光寺に訪れる。
千光寺は弘法大師空海により開かれた寺らしいです。 堂内は尾道市内のパノラマビューが素敵であり、
また、石鎚山、鏡岩や梵字岩などがあり、案内図を見ながら探していくのもいいのかも知れません。

車で麓におりてから市街地を散策するが。。。気がつくと千光寺についていた。
ここから招き猫美術館へ坂道を下っていく。 途中から石に書いたまねき猫が道案内をしてくれる。
芸術品らしい怪しい屋敷に入ると招き猫が生活している屋敷で、神社で祭られていたり、火鉢に住んでいたりと、石に書かれた招き猫を探して回る。
結局、これが原因で目的の招猫美術館にはタッチの差で入館できませんでしたが、道中でも色々な招き猫を見て楽しんで来ました。

ホテルから見える夜景が良かったので、テクテクと尾道駅前まで散歩に出かける。
尾道水道を横切る小さなフェリーや向島の造船所の光は海面に映し出されて綺麗だった。
駅前に出てくると夏をテーマにした像(この付近で育った方の作品だそうです。)や数日前に開催された港祭りのイルミネーションが残っていて綺麗でした。

最終日は尾道から高速で九州入りする予定でしたが、
 観光しながら帰ろうとホテルで広島県の観光案内をネットで探すと、「てつのくじら館」が「大和ミュージアム」の近くに作られたとの情報を得て
 呉と宮島に寄り道して帰ることにする。
てつのくじら館呉では「てつのくじら館」に立ち寄り退役した潜水艦に乗船。。。潜水艦の外見は3F建ての学校サイズなのに、中は映画から想像できる狭さです。
この施設は自衛隊官の教育目的で作られた施設らしいので入場無料だそうです。  2Fは掃海関係が展示されていて、機雷や掃海具が展示されていたが。
それよりも、機雷の撤去は既に過去の物と思っていたが、今でも流れついたりするそうで、知らない間に守られているんですね。
いがると潜水艦に関する展示があって、退役した潜水艦といっても艦内に入れる。
それにしても、潜水艦の外見の大きさに驚く。 3F体育館を縦半分に切ったような大きさでも、中は映画館で見るような狭さ。
ぼけ〜として歩いていると、どこぞにか頭をぶつけそうなギャップは、百聞一見という言葉がよぎる。

道路の反対側にある「大和ミュージアム」では、遠足に来ていた小学生に圧倒されながら1/10の戦艦大和を見学
 そういえば、小学校は歴史展示しているコーナでなく、大和の模型を大きいね〜で眺めた後は船に関するコーナで遊んでいた。
 ※遊びながら気がついたら勉強してしまったコーナになっているから、遠足の目的地としてはよさそうですね。
 特別展では、潜水艦が紹介されていた。 日本では江戸時代にはうつろ舟ということで模型が残っているそうな。

厳島神社呉からはカーナビを広島市内を抜けて宮島フェリーに到着する。
 世界遺産に登録されただけに、遠足の学生や観光客で駐車場は満車。。。。随分と待つ
フェリーで宮島に渡り、厳島神社へと歩く。 今回は干潮だったので、大鳥居の近くまで歩いていく。
近くで見た大鳥居は大きいわ〜 それと観光客よりも潮干狩り客も多いわ〜  大鳥居から厳島神社を眺めながら思う。
元々は宮島自体が神様の領地で、厳島神社がその玄関に当たるので、昔の人はこんな感じで、小船にのってやってきたのかな?
厳島神社の門前町を散策しながらフェリー乗場に。 今年は揚げもみじ饅頭が人気らしく。 行列ができていた。
正体は紅葉饅頭の天麩羅なんだけど、ほくほくして、餡子も適度な甘さで美味しかった。