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神々の国「出雲」 神有月道中記

そして、翌日−−−−−−−−−−−−−−−−−−>
 
 前日のツーリング中に風邪を引いて熱を出していたが、寝坊もせずに目が覚めると声は枯れていたものの体調はツーリングに出ても調子は復活!!  さぁ!!気合を入れなおして朝食に出かける。
朝食に納豆がでていたので納豆談義が始まる。 最近、匂いのない納豆が販売されているらしいとの話から、関西人も匂いがなければ納豆を食べてみようと思う方もいるとの話。 また、匂いの強い食べ物となると、はやりくさやの話など....出身地が異なるメンバーだけに食材の話だけでもかなり盛り上がった。
食事も終わり、準備も万端....大きな荷物をホテルに預けてさぁ出発....激しい雨が降り出した(ノ<)
そうえいば、熱帯低気圧が通過しているんだっけ?
私が長年、宿泊ツーリングするのを嫌がっていた理由の一つとして宿泊の旅にでると必ず嵐に襲われるジンクスがあった事を思い出す。

そういえば、夏の九州一周、地図を持たずに九州縦断したときも、長州路の旅も、宿泊したたびでは嵐に襲われていたっけ....
こう断言すると、雨男より酷いと嫌われそう。 だけど、僕の場合は嵐を呼んでしまうジンクスはあるけど、雨で困る事は....あっても、1時間ぐらい雨宿りすればOKといった調子。
昔、大型台風が日本列島を直撃する日に悪友に連れられて四国に行った時も、高知のスーパー銭湯で昼飯を兼ねて2時間ぐらい寛いでいる時に通過していった。
 話を戻して、1時間後出発しようということ話が決まり。 僕は先頭を走るので、今日の観光ルートの変更を考えて、部屋で地図と格闘をする。 100円ショップで購入した地図に今日のルートを書き込み、バイクのタンクにガムテープで貼りに駐車場に出た頃には晴れてきた。

 関東の方のバイクのダメージを心配しながら国道9号線にでて、奥出雲神話街道の入り口を目指しながら走る。 宍道湖の西の果てから奥出雲神話街道に入り山奥へと進路を帰る。  進路変更直後に大きな白い施設が見える。 興味津々だが、マスツーリングという事を思い出して通過していく。
出雲神話街道から吉田村へ。 村に入ってしばらく走ると、鉄の博物館と菅谷たたら山内の看板がを発見した。 しかし、たたらへの道は、山道を舗装してあるが.....そのうちに砂利道となり、獣道となりそうな雰囲気だった。
 大丈夫かな?と迷いながら、その道へと進んでいく。 軽自動車が1台走れる道路を進んでいくと高殿を発見したので、入り口の駐車場?にバイクを止めて中を見学するが...真っ暗でなにも見えない。
 
 ここでちょっと脱線して、高殿の紹介。
 吉田村にある高殿は全国で唯一、現代に残る和鋼生産の行われた場所として残されています。
 この高殿では大正10年まで1世紀に渡り、現代の技術でも真似ができないといわれている品質の鋼を生産してきました。
 他に、事務所的な働きをした「元小屋」、 生産された大きな鉄の塊を粉砕する「大銅場」が展示してあります。
 また、山内というのは、たたら製鐵に従事していた人の職場や住居のある地区を指して山内といいます。との事でした。
 もののけ姫のようなたたら場は何度も炉を作って鉄を生産する事から永代たたらと呼ばれます。
 さて、たたら製鉄とは何ぞやと思いますが、手元の資料をみると鉄を制すものが世界を制した古代の最先端技術だそうです。
 私も製鐵の町に生まれて鉄に関わりあいながら育ってきたので、古代の製鐵技術であるタタラをひとめ見ようとその跡地を求めて奥出雲にある「菅谷たたら山内」へ。
 ここは数年前に放映さえれた映画「もののけ姫」で、日本に残る永代たたら場として少しスポットが当たるようになりました。
 現地に行ってみると江戸時代以前の古代製鐵技術だと思っていたら、大正時代までは現役だったとか? この話は一見は百聞にしかずという実例ですね。 そういういえば、吉田町の近所の横田町では技術を後世に残す為にたたらが行われているとか?...こちらは永代たたらじゃないのかな?
 それとも僕の聞き間違いかな?と思いました。 ※興味がある方は調べてみてください。
 話をたたらの歴史に戻します。 タタラ製鐵は古代より、金属は儀式用の神器・祭器から鍬や鋤などの実用的な道具まで幅広く利用されてきました。
 しかし、金属を精錬するためには、原料となる量の鉱物を探し集めることが困難であり、燃料としての木材も大量に必要します。
 それゆえに人里はなれた山奥にたたら場を設ける必要が生まれます。 そのような背景があって非常に困難を極める事業だったそうです。

 また、大量の木々を伐採する事は、山々を荒らす事にも繋がり、林業や農業を営んでいる方々との争いも絶えずあったとか?
 私たちは山内(タタラで働いている方の集落をさすようです。)の観光場所を見ながら、もののけ姫とだぶらせながら観光してきました。
 今では道路も綺麗に舗装されていますが、昔の映像(後で立ち寄る鉄の博物館で見れます)を見ると、けもの道と行った感じでした。
 また、ふいごがこちらにはありませんが、私が帰りに横田町の「奥出雲たたらと刀剣館」に立ち寄った時、実物を見ることができました。
 「元小屋」に山内での暮らし振りがわかる物が展示してあったので、ゆっくりと見て回りすぎました。
 特にこの二階は忍者屋敷みたいで面白かったですよ。

菅谷たたら山内を後にして鉄の歴史博物館へ
 その博物館に行く入り口に、田部家(林業王)の白壁の倉が目を引きます。
鉄の歴史博物館入ると、たたら技術を後世に残すために技術的検証を兼ねて撮影されたビデオを見る事ができました。
村下と呼ばれる技術長の仕事ぶりそれを支える人々、全て感といわれるが、経験から学んでいったその科学感、自然観には恐れ入るものでした。
また、たたら製鐵だけでなく山内生活なども含められていて、高校の教材となりそうな映像でした。
そのビデオを思い出しながら書きますと、たたら製鐵は極端に水を嫌うので、火を焚いて土を乾かす事から始まります。
そして炉が溶ける事を計算に入れながら炉を構築していきます。 炉内が完成して乾燥したら木炭を入れ、風を炉に送って(もののけ姫ではふいごで送ってましたね) 火をおこします。
そして砂鉄を入れ、木炭を入れて..といった具合に、村下が火の機嫌を見ながら、炉内の様子を見る穴から漏れてくる溶けた鐵を見ながら、絶妙なタイミング砂鉄と木炭を繰り返して入れて行きます。
 4日目を過ぎると最後に炉を壊して鐵を取り出します。 鐵は自然冷却だと良質な製品が作られますが、日露戦争中など鐵が大量に必要なときは池に沈めて急速に冷やしたとの事です。

1号館は道具が飾られていたが、菅谷たたらと比較して保存状態が良いだけでと同じ物だったのと、古都を観光すると目にするものだったので、そそくさと錣山経営と鍛治集団をテーマにした2号館へ。
2号館でも白黒映画の時代に撮影されたたたら製鐵から鍛治までと、また、同じものかよと思ってしまったが子供がビデオ再生のボタンを押したので、相棒を待つために眺めていたら、ちゃぷりんの映画を見るような感じで懐かしく、また為にもなり、面白かったです。

特に先ほどのビデオで見られなかった鍛冶屋シーンを見ていると思わず「しばしも休まず」と口ずさんでしまいました。
 2号館白黒ビデオを上映している所を通過して、右を見るとビデオ上映している部屋の右壁の奥
ここに何か人形があった...そそくさと行ってみると  ρ(⌒◇⌒)ノ.はーいっ、歌どおりに鍛治の再現していました。
 パネル展示コーナーと道具を展示している場所は、歴史や技術を語ってましたが.....
簡単にいえば、世界的にも有名な日本刀は古代製鐵と鍛冶の技術の結晶であり、1号館でみた技術に加え、2号館でみた鐵は熱いうちに打って不純物を叩出して、玉鋼を何度も折り返し、幾重の層に薄く重ね、各部位により性質の違う鐵を重ね、切れ味がよく、折れず、曲がらずに、美しい優れた刀を刀匠達は作り上げたらしいです。といった技術、知識、道具などを判りやすく展示していたのです。
 それと忘れては行けないのは、最先端技術なのでその時に関り合った権力者達のことも....

顔を出す感じで観光めぐりする予定が2時間もオーバーしていた。 
吉田村の鉄関連の観光施設を脱出する時には既にAM2時を過ぎていた。
 中部の方との合流を気にしながら、遠い地なので予定通りに鉄の未来館にも訪れる。
 鉄の未来館では、石炭から鉄が苦手とする硫黄分等を取り除く為に焼き固めたコークスを利用した近代製鉄。 
私たちがTV等で目にする事のできる高炉の原型となった模型が飾られています。
 実際に鉄を作るのは高温が必要な為に多くの材木が必要であるため、木の伐採が進みすぎて危機的状況に、
その対策として石炭=>コークスとなりこの製鐵技術は産業革命に一役買いましたといった近代製鉄の話と永代たたらとの比較
 そして、鉄を使った最新技術の紹介....鉄と一言でいえば終わりも知れませんが、製法により色々な種類があり、それぞれの特徴があるようですね。

 ここを出ると待ち合わせしている中部の方が松江に到着しているとの事だったので、予定を変更して出雲に戻って高速を走る。
 PAで休憩しながら中部の方へ連絡すると眼下に見える玉造温泉街にいるらしい....
 せっかくここまで来たのと、中部の方が温泉に入っているというので、松江城の門前で記念写真を撮って戻ってくるつもりで行ったが.....
 これが大きな間違いで町仲では渋滞が始まっており前に進めない。
 松江城の駐車場は満車だったので、県庁の駐車場に駐車。 急いで松江城へ
 ※初めて来たのに見たことのある風景だったので、小さい頃に松江や出雲に行った事はない?と尋ねると無いとの事。 前世はここに住んでいたのかな?

 城の見える所で写真を撮り帰ろうと思っていましたが....結局はずるずると松江城観光。 あはははは。僕のせいではないからね。
 城の観光案内を読んでいると、松江城は外壁は黒塗板張りの質素なものですが各所に銃眼(袋狭間)が不気味にのぞく、桃山期の特徴を残した実践的な城で、天守は五層六階の本瓦葺きの望楼式独立天守だとか?
 特に別名『千鳥城』と呼ばれているそうです。
 そして、急ぎ足で中部の方ごめんなさいと心の中で謝りながら走りながら合流できたのは玉造温泉入り口でPM4時...日も沈みかけていた。
 ホテルへ戻りながらメンバーが全員そろったので、宍道湖が見える湖畔で記念写真を撮り郷土料理を頂こうと、良さそうな場所を探しながら走り出す。
 最初にとまった宍道湖湖畔にある公園...隣接している国民宿舎付近で夕日をバックに記念写真。
 晩飯も、ここからしばらく走った湖畔にある。 ど派手な真っ赤な料理屋さんに決定。 
 このお店では、定食に定食にシジミ汁(おすまし)が付いているということで割こそば定食を注文。
 イメージはザルソバ風にでてくると思っていたら、大きな皿に盛られてきたのはショックでした。(笑)
 しじみ汁はいがいに上品な味でしたけど....私は味噌味だと思っていたので、ちょっぴり残念でした。 
 出雲蕎麦も家の近くにある出雲そば屋さんの味に近いと思っていたら、ぜんぜん違って甘さが少なく濃い味でした。
 食事が終っても、店内に怪しげに置かれている懐かしいおもちゃに僕らは足止めされて、おもちゃを前に子供の頃の話をしたり、漫画映画や子供向け番組の話、近い世代で集まった事もあり、時を過ぎるのを忘れながら話し込んでしまいました。

 この辺りで、話を脱線して、宍道湖の説明を簡単に
  この湖は宍道湖北山県立自然公園の中心として優れた景観をつくりだしています。
 宍道湖・中海の見所は白鳥やカモなど多くの水鳥が飛来し、斐伊川河口付近や中海の白鳥海岸などは格好のバードウォッチング場となっているそうです。
 また、湖の性質をいうと宍道湖は大橋川を介して中海と連なり、その隣接する中海は境水道を介して日本海とつながり、この両湖は代表的な汽水湖(淡水と海水がまざる湖のこと)として知られています。
 でも、調べていくうちに大昔は1つの湖だったそうですが、近年になり完全に切り離されているそうです。 
 ※最近、色々と工事をしていくうちに、一部が繋がったという記事も見かけました。

 また、食べ物方面では、ヤマトシジミ、スズキ、ワカサギなど様々な魚介類(淡水魚や海水魚まで)がとれ宍道湖七珍(しっちん)料理は有名な郷土料理として知られています。
 中でも宍道湖産のシジミは全国的に有名で、朝もやの中でのシジミ漁の光景は宍道湖の風物詩のひとつとなっています。




 さて、ホテルに到着して、1Fのレストランで二次会ということで、地ビールを飲みながらバイクの話をわいわい。
 レストランが閉まると、ホテルのインターネットルーム前で楽しんでいました。
 中部の方と関東の方はべスパの話...そしてバイクの話題の交換
 インターネットで集まった仲間だけにネットの前で情報を交わしながら盛り上がってしまい。
 気がつくと夜もふけて0時を過ぎていた。 Zzz... ( ̄〜 ̄) ムニャムニャ...状態だったので部屋に戻り就寝