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山口県・豊関方面(赤間神宮)

山口/下関(赤間神宮)
歴史を紐解けば源平合戦の最終戦である下関と門司に挟まれた海峡...壇ノ浦の戦い。
壇ノ浦の戦いは海での戦いといったイメージですが、平家は下関・彦島に陣地を、源氏は長府沖の2つの小島に陣地を張ったそうです。
最初は地元に強い平家が優勢でしたが、一部の裏切りにより平家は戦いに敗れます。
そして逃げ場を失った平家一門とその象徴である安徳天皇は壇ノ浦に身投げて、海に消えていきます。
この戦いで平家は歴史から永遠に姿を消し、九州の奥深い山々に落人伝説として僅かに足跡を残していきます。

山口/下関(赤間神宮)話を戻して、この赤間神宮は平家一門と共に亡くなった安徳天皇を祭っている神社で、
彼が入水する時に祖母が語った「今から海の底にある都へ行く」との話から
浦島太郎の話で有名な海の底にある都。 その象徴である竜宮城作りになっているそうです。
また、元々は海で亡くなった平家の怨霊を静める為に、この赤間が関に赤間神宮の前身となる阿弥陀寺を建立。
明治以降に赤間神宮として建替えられたそうです。 お寺から神宮になるとは奇異な所ですね。

んで、境内脇にある安徳天皇の御陵墓が見える場所に、小泉八雲の怪談で有名な「耳無し芳一」の木像が祭られています。
この耳無し芳一というお方。 赤間ケ関にある寺で琵琶を引きながら「平家物語」を語っていたそうです。
ある日、その貴人が彼を呼んで屋敷へ連れて行き、一族の者で全員で琵琶の弾き語りを聞くように成りますが、それを寺の住職が偶然にも見たところ、貴人というのは平家の怨霊達で、屋敷は墓所..... 「耳無し芳一」はまた、別に語るとします。

場所は下記を参考に
赤間神宮